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妄想男子

日々思うことを気ままに。

シュミレーション仮説について個人的に考察してみるの巻

この世の中がシュミレートされたプログラムだとして実際には存在しない世界なのかもしれないという仮説が多くの哲学者などにより仮説をたてられています。

 

gigazine.net

 

これはシュミレーション仮説と言われ、ざっくりまとめると私たち人間よりも遥かに高度な文明を持つ別宇宙、若しくは別次元の何者かが何かの検証を証明するためにシュミレーションを行っているとされ、私たちはそのシュミレーションの中で生きるプログラムの一つにすぎないという内容です。

 

この仮説について自分なりに考察をしてみたいと思います。

 

この仮説はどこか厨二病っぽくて通常の一般人からすればなんだか受け入れ難い内容なのでしょうが、よくよく考えるとその仮説もあながち間違いではないかもしれないなと考えることができます。

 

一人の人間に焦点を当て、その人間がどうなるのか、どんな結末へ向けてどんな行動をとるかなどの検証意味ではなくて、もっと広義な意味で考えられているのではないでしょうか。

 

例えば、別次元の高度文明が衰退の一途を辿っていることが分かっているとして、どの時点でその原因があったのかという事を調べたいからという理由でシュミレートしているとしたらなんとなく理解が出来なくもないですね。

 

ゲームの中に登場する登場人物というものは自分がその中のキャラクターだとは感じていないものです。

だから私たちは自分の人生を自分の人生だと感じているのでしょうし、やはり生かされているということが実感できます。

 

もしもこの世界が高度文明と同様の一途をたどっているとしたら、この世界は滅んでしまうのかもしれません。だからこの世界が滅びることのないように宗教というものを作り、人間にヒントとなるものを幾つか与えています。

 

また、仮に滅びそうになったとしたらファミコンのようにリセットボタンを押せばいいだけという事になり、そうであればいつの時点からかリスタートするというリカバリー機能が備わっていてもおかしくはありません。

 

さて、この世界がもしもシュミレーションされているとしたら、まるで”マトリックス”みたいなお話ですが、だからこそ私たちは創造主が予想だにしない結果を導き出してやろうと意気込む必要があるのかもしれません。

 

兎に角、私たちには一日は今日一日しか与えられていません。

リセットボタンを押される前に悔いのないほどにやり切ってやりましょう。

もしかしたら想像主の予想外の結果が今日あなたによって導き出されるかもしれないのだから。